角川ビーンズ小説大賞 歴代新人賞受賞作品紹介

第16回角川ビーンズ小説大賞

先日発表いたしました第16回角川ビーンズ小説大賞受賞者3名の受賞のコメントと、最終候補6作品の選評を公開いたします。
ご応募くださいました方々、選考にあたられた諸氏に改めて御礼申し上げます。

<優秀賞>及び<読者賞>

「魔法卿城のジェーン・ブラウン」 和知杏佳(東京都)


【あらすじ】
悪名高い魔法卿コーネリアスの城は、本当にとんでもない場所だった。メイドとして働くために到着した早々、賊と執事のジョンの戦闘に巻き込まれたジェーンは思った。とはいえ、東洋人のメイドだった母を亡くし、父である男爵の屋敷を追われ、他に行く場所もない。とっさの機転で賊の撃退を助けたジェーンに、なぜかジョンは「お前の手はいらない」と冷たい対応。憤慨するジェーンだが、ジョンも行く場所がなくコーネリアスに拾われ、彼の作る魔法の道具を狙う賊から城を守るために奮戦していると知り――。居場所のなかった少女と執事が、魔法卿城で出逢い、互いに世界の意味を変えていく、そんな物語。

【受賞コメント】
このたびは、誠にありがとうございます。
好きなものをたくさんつめて作ったこの作品で、優秀賞と読者賞というすばらしい賞をいただけたこと、とても嬉しく思います。この作品を読者の方に読んでいただけると思うと、喜びと緊張で毎日そわそわしながら過ごしています。
まだまだ未熟ではありますが、より一層謙虚に、書くことと向き合って参ります。よろしくお願いいたします。
読者審査員の皆様、編集部の皆様、賞に関わられたすべての皆様、支えてくれた周囲の方々に、深く、深く感謝申し上げます。

<奨励賞>&<読者賞>

「剣影の騎士シャドーナイト」 夏樹香葉(埼玉県)


【あらすじ】
13年前、民の幸せを願い大戦を終結させた12人の騎士、"剣影の騎士(シャドー・ナイト)”。
彼らに憧れて騎士を目指すリシュアだけど、騎士団は女人禁制でお目付役の騎士・ニコラスにも反対されてばかり。悩むリシュアはある日、街で一枚の金貨を見つける。それは先の大戦を引き起こした組織”ディラス”が狙う財宝のありかを示していた。ニコラスを巻き込み調べはじめるリシュアだが、それは同時に、彼女を騎士の道から遠ざけようとするニコラスの過去に迫ることをも意味していて――?
過保護な騎士と、夢を追う少女の騎士道物語、開幕!

【受賞コメント】
このたびは素晴らしい賞をありがとうございます。
編集部の皆さま、読者審査員の皆さま、この作品に関わってくれたすべての皆さまに厚くお礼申し上げます。
この作品は自分が今までに培ってきた素材で挑みました。登場人物たちと共にドキドキハラハラしながら書きましたので、それが少しでも皆さまに伝わるよう、これからも独自のおもしろさを追求してまいります。どうぞよろしくお願いいたします。

<奨励賞>

「ローランシアの秘宝」 中谷睦(大阪府)


【あらすじ】
魔導結界<アルス・マグナ>により、国交を断絶し続ける島・ローランシア。
五年前に両親を惨殺された伯爵家のアルメリアは、弟のティルザと二人、隠れ潜んで生きてきた。盗賊として生き繋ぐある日、忍び込んだ屋敷で犯罪組織『ゴッドアイ』の総領・イーディスに捕まってしまう。弟を人質にされ、突きつけられた要求は「第一王子アレクトを盗み出せ」というもの。仕方なくアルメリアは王宮に潜入するが、アレクトとの出会いからやがて五年前の真実と、国を巡る陰謀へと巻き込まれていき……!? 
命を懸けた欺し合いの物語が幕を開ける――!!

【受賞コメント】
このたびは奨励賞という素晴らしい賞をいただき、本当にありがとうございます。読者審査員の皆様、編集部の皆様をはじめ、選考に携わられた全ての方々に心より御礼申し上げます。
人生にはさまざまな時があります。花が舞い、友に恵まれ、光り輝く道を歩く時。そして、暗闇の中を1人きりで進まなければならない時。そんな人生のあらゆる場面で心を照らし、温め、導いてくれる小説を書いていきたいです。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

審査員選評
【総評】

最終選考に残った6作品は、どれも長編小説としての完成度が高く、ひとつの物語を仕上げきるという意欲に満ちた作品でした。恋愛以外のテーマに果敢に挑む作品が多いなか、読者が惹かれるような「恋愛」を描くことの難しさを感じさせられました。受賞作品は、物語を牽引する強いキャラクター性が描かれていることが特徴で、お決まりからの脱却とオリジナリティの創出、という新人賞にふさわしい試みが評価されていると捉えています。

「魔法卿城のジェーン・ブラウン」

ストーリー、キャラクター共に魅力的な設定があるというバランスの良さ、筆力と完成度の高さが評価された作品。主人公ジェーンを戦うヒロインにしたことで好みが分かれるが、コンビを組むツンツン系執事との息が合っていて、応援したくなるキャラクターになっていた。展開上、意表をつかれることはないが、丁寧な心情描写で読ませ、飽きることがなかった。「魔法」モチーフに正面から切り込んでいたものの、後半で主人公の出生の話に切り替わり、一気に魔法要素が減っていったのが、物足りなく感じられた。ラストで明らかになる秘密や淡い恋など、ディテールを活かし、わくわくするもの・魅力的なものに見せる力があった。一方で、箱庭的な舞台で派手さが足りないとも言える。また、物語のテーマは何かが最後まで伝わりきらなかった点は見直してほしい。

剣影の騎士シャドーナイト

魅力的でかっこいいヒーローのキャラクター造形と、恋愛の見せ方が高く評価された作品。主人公の好感度も抜群で、テンポのいい会話でストーリーを運び、最後までまとめきる力が感じられた。王道に則った物語は、読後感もよい。主人公の目的やキャラ付けが明確で、「誰を魅力的に見せたいか、誰に共感させてこの作品を読ませたいか」という読者へのアプローチが功を奏していた。反面、構成力と設定面では、やや難が見られた。わかりやすい展開が陥りがちな単純さが目立ち、本来は読者が驚きたいラストの謎の部分が、冒頭で予測できてしまい残念。また、一見作り込まれているようで、実は粗が多い設定にわかりづらさが感じられた。主人公の見せ場を意識し、エピソードの見せ方や演出でドラマチックな緩急をつけることで、予想を裏切って読ませてほしい。

「ローランシアの秘宝」

6作品中最も物語としての完成度の高さが評価された作品。重いテーマを扱うことに臆せず、キャラクターや設定含め、突き抜けたものを書ける可能性を感じさせてくれた。ストーリー、キャラクターともに、ドラマチックでよく練られていた印象。一方で、一番足りないとされた要素が、「読者を意識した視点」。序盤から物語特有の固有名詞や難解な要素、ややこしい設定などで、読者を置いてけぼりにしている。また、キャラクターの感情面に読者の共感を得られる部分が少なく、読後感にも疑問がある。まず、一番やりたい要素を抽出し、それを幹にしてシーン・エピソードごとに伝えるべき情報の取捨選択、整理をすること。さらに、「読者に読後、どのような感情を持たせたいか」を考え、ページの向こうの読者の顔をしっかり意識して物語を組み立ててほしい。

「暗がり世界の聖燭師」

“光のない世界”という独自の世界観で、主人公の設定を「世界に火をともす存在」というロマンあふれるものとして描き、ファンタジーの面白さを最大限に活かそうとする姿勢が評価された作品。だが、魅力のある設定を活かしきれていない所が散見された。まず、キャラクターの個性や感情、それに由来する行動の裏づけが足りないため、物語の展開の中心に据えた旅の動きがつかみづらく、ストーリーの粗さに繋がっていた。旅路では、事件を起こすだけではなく、「それを通して主人公が何を得たか、どう成長したか」を見せてほしい。セリフまわしは、状況説明や固有名詞の解説に追われていることが多かったので、内面が伝わる言葉選びを。設定重視でキャラクターを動かすと表面的になりがち。強い感情を描き出すことにも力を入れ取り組むことに期待したい。

「高楼の花々」

見た目年齢に対し、中身は子どものままの王子、だが本当は……という大変ユニークな設定のヒーローと、好感度の高いヒロインを据えたオリジナリティが感じられる作品。好みが分かれることを恐れず、主人公を囲む王子たちを個性的で格好良く描いており、シリアスな駆け引きと恋愛模様が繰り広げられていた。だが、最大の評価点である王子の設定の中に、幼い王子・シエトの死と成り代わりがあったことが読者には受け入れ難く、読後感を左右した。また、物語が混線しており、後半に向けてストーリーの粗が目立った。「主人公がどこで何をする話なのか」を作者の中で明確にし、見せ場を意識した上で、ヒロインを中心にした関係性で全体を整理してほしい。ストーリー展開、表現方法、感情の流れ等、課題は多いが、取り組み次第で飛躍的な成長が期待できる。

「赤狐秘伝」

男性コンビで、時代劇ベースの世界観に挑んだ意欲作。友情や師弟関係を中心に、活き活きとしたキャラクターで読ませる強さがあった。その分、話の筋が単調で、事件の解決方法など物語として未完成な部分も多い。また、師匠に対する作者の思い入れが主人公よりも強いような印象を受け、読者が乗りきれない。主人公の好感度が低いまま、肝心な「成長」を感じさせるエピソードも掘り下げ不足だった。師弟の関係性の変化では、どうして主人公が師匠を大事に思うようになるのかの過程を波乱含みで丁寧に描いてほしかった。最大の課題は、設定とキャラクターの既視感。どこかで見たことがある、別の作品にもいそうという印象を与えないよう、オリジナリティを意識する必要がある。細部の設定、ストーリーラインを磨きあげ、独自の感性を大切に、今後に期待したい。