第19回角川ビーンズ小説大賞 ジュニア部門 グランプリ受賞作品『今日も一人』
『今日も一人』 はたとうこ 14歳
〈マキ〉
今日は転校生が来るらしい。
この季節はイベントがあんまりないから、昨日先生が発表した時はすんごいテンションが上がった。
いや、だって新しい仲間だよ!? このクラスマンネリ化してたし、ちょうどいいと思う(クラスがマンネリ化、とは言わないかな?)。
「今日はお待ちかねの転校生を紹介します!」
先生の声に、歓声が上がる。お、みんな結構楽しみにしてたんだ。
拍手が沸き起こる中、先生に手招きされて、背の低い女の子が教室に入ってきた。
目がすんごい大きい子。残念、イケメンじゃなかったか。彼氏欲しいんだけどな。
「では、自己紹介を……」
「小波津ルリです。隣町から来ました。えっと……あ、木琴弾きます。みなさん、これからよろしくお願いいたします」
うんうん、いたって普通な感じだね。これならすぐクラスに溶け込みそう。
なんならこのあと話しかけにいってもいいかも。目があって、ちょっと笑ってあげたら、首を傾げて会釈してきた。不思議ちゃんかな?
「じゃあ小波津さん、そこの席に座ってくださいね」
「はい」
先生に言われて、ルリちゃんは教室の後ろの一人席の方に歩いていく。
こーゆーので『誰々さんの隣が空いてるので座ってください』っていうのは、まずないんだよね。
だから『イケメンが転校してきて隣の席になっちゃった!』なんていう確率もほぼゼロなワケ。あーあ、彼氏ほしいな(本日二回目)。
「席近いね。よろしく!」
ルリちゃんが荷物を下ろすと、彼女の前の席から明るい声が響いた。トウカだ。
「よろしくお願いします」
「あははっ、敬語じゃなくていいよ! 仲良くしよ!」
トウカ。比較的平和なクラスでも「中心人物」っていうのはやっぱりいるわけで、派手派手な彼女はまさにそれ。
人気者だけど、怒らせたらちょっと怖い子。そんな彼女が急に話しかけてくれるなんて、ルリちゃんラッキーじゃん。
「私、トウカっていうの! バトン部の部長。バトン部、入らない?」
「楽しいの?」
「楽しいよ! いろんな趣味の子がいるから、話が合う子も見つかると思うし。ルリちゃんは、なんか好きなものとかあるの? 私はアイドルとか結構好きなんだけどね、特にSunflowerの西井くんが好きなの! 知ってるかな?」
ほぼ返答する時間もあげずに、トウカはまくし立てている。ルリちゃんはというと、黙って頷きながら聞いていた。
「そうなんだ」
「小波津ちゃんはどう? アイドルとか、好き?」
ルリちゃんは少し考え込んだ後、ゆっくりと顔を上げた。
「……嫌い」
教室の空気が凍った気がした。
き、嫌いっ!? そこまでストレートに言っちゃう!? いや、 そこは「あんまり知らない」くらいにしておこうよ!
みんな「うわっ」って感じの顔で、二人の方向を見てる。
トウカも、表情を歪めてルリちゃんを見つめていた。
当の本人だけは全く気づいてないみたいで、もう教科書を整え始めていた。
そんなこんなで始まった一日。時間が経つにつれ、ルリちゃんはちょっと変わった子なんだっていうことがわかってきた。
あれは失言じゃなくて、通常運転だったのか。授業中の発言も、ちょっとずれたのが多い。
一番の事件は、五時間目だった。
修学旅行のレクに使うイラストボードみたいなのを完成させる時間だったんだけど、ルリちゃんが絵の具バケツを蹴っ飛ばして一枚ダメにしちゃったんだよね。何人かはブチ切れて、一人泣きそうになってた子もいた。
ルリちゃんは謝ってたっぽいけど、中学生って一回怒ると長いからさ。
一日目からやらかしすぎだよ、ルリちゃん。絶対浮いちゃうタイプの子じゃん。
〈ハルセ〉
ある日の放課後。私はトウカ、ミカ、ユズハと教卓を囲んで話していた。正確に言えば3人が教卓を囲んでいて、私はもう一回り外側にいるんだが。
「なんか今度のプレゼン、グループらしい」
「へえ! じゃあ私とミカとユズハでやろう」
トウカはミカたちとうなずき合いながらスマホをいじっている。
「あ、ハルセも一緒にやる?」
まるで今私がいることに気づいたかのように、そう言ってきた。ちょっと嫌な気分になったけど、もちろん頷く。
「うん。ありがとう」
「それでさー……」
「あの!」
話を続けようとするトウカを遮るように、聞き覚えのない声が響き渡った。誰かと思って見てみれば、例の小波津とかいう転校生だった。
こいつは初日からトウカを怒らせたりイラストボードをパーにしたりした、やばいやつだ。なるべくなら関わりたくない。
なにをするのかと思ったら、こっちに向かって急に頭を下げてきた。
「トウカさん!」
「え、あ、は?」
大声を上げる小波津。トウカはぎょっとしたように身を強張らせた。
「なんか、昨日怒らせちゃったかもしれないから、確認したくて……」
いやいや、「かもしれない」じゃなくてどう考えても怒ってるだろ。
「私はアイドル大嫌いだけど、トウカさんが好きならいいと思うし……」
なんでそこでまたアイドル嫌いって言うんだよ。謝るの下手か。
「えっと、それでね……」
顔をしかめているトウカを全く気にしないで、小波津はファイルからくしゃっとしたプリントみたいなのを取り出した。
「私ね、昨日聞いたアイドルについてちょっと調べてみたの」
その紙には、トウカの好きなアイドルグループの写真や説明の紙が無造作に貼られている。
ひどく不恰好で、みてるこっちがちょっと恥ずかしい。
「グループ名 Sunflower、デビューが2010年、デビュー曲が『太陽の花』でメンバーが……」
「もういいから!」
トウカが耐えられない、といった感じで小波津を止めた。驚いている小波津をみて、ため息をついている。
「なにその紙、お詫び?」
「お詫びっていうか、一緒にお話する時に役立つかなって思って……」
「なにについて話そうっていうの? アイドル? あんた嫌いなのに?」
小波津は頷いた。何かを一生懸命考えているような感じだ。
こいつはアホなのか? 行動が見ててイライラしてくる。さっと謝って帰れば早いのに。
「……この紙、欲しい?」
「はあ?」
首をかしげる小波津。なぜかわからないけど、寒気がした。きっと共感性羞恥とかいうやつだ。
見ているだけなのに、自分が空気読んでいないみたいで恥ずかしくなる。
「もういいよ。帰ろ、ミカ、ユズハ」
トウカはかばんを拾い上げると、さっさと教室から出て行ってしまった。相当イラついてるみたいだ。
とりあえず私も一緒に帰ろうとして、荷物を背負った。
「ねえ、花塚さん……だっけ。ちょっといい?」
呼び止められた。小波津に。なんで私だけ?
「先行ってるよ、ハルセ」
戸惑っていると、あとの二人も逃げるようにして行ってしまった。なんで私だけこいつと……。
「花塚さん…… 」
「なんだよ」
とりあえず適当にあしらっておこう。あんまり構うと面倒ごとになりそうだ。
「大丈夫? 顔」
なんだこいつ。私の顔がなんか変だっていうのか。
「別に平気だけども。なんで」
「悲しそう」
「は?」
「顔が、悲しそう……」
そう言うと、小波津は急に私の方によってきた。
でかい目がまっすぐ私を見ている。なんとも言えない嫌悪感が体の奥から湧き上がってくるのを感じた。
「悲しくねえよ」
「本当に?」
「うん」
「でも……」
小波津の手が私の方に伸びてくる。思わず顔をしかめたが、やめようとしない。
やめろ。手が顔面ギリギリくらいになった時、とうとう私の嫌悪メーターがマックスに達した。
「触んな気持ち悪い!」
自分でも信じられないくらい大きな声が出た。小波津の手はピタリと止まる。
私も口を押さえそうになった。ここまで言うつもりなんてなかった。
小波津は何も答えない。動かない。大きな目で私の方を見ながら、固まっている。
「……」
そのまま教室の外に走って出た。もうこれ以上あの空間にいたくない。
ほんの数分間の出来事だったけど、あの小波津とは生理的に合わないと確信した。
〈マキ〉
やーばいもの見ちゃった。「触んな気持ち悪い」って。
転校してきた日以来、誰もルリちゃんに話しかけることはなくなった。浮いてる子。変な子。話しかけたらいけない子。
なんだかそんな感じのレッテルを貼られちゃったみたい。私も、結局あの後ルリちゃんとは一回も接触してない。
ハルセが出て行ったのを確認した後、恐る恐る教室に入ったら、ルリちゃんが寂しそうな顔をしながら突っ立ってた。
そりゃそうだよね、いくら口が悪いハルセでもあんなことは普通言わないし。気の毒だ。
初日にやらかさなければ、みんなの輪に入れてたかもしれないのに。
今、ルリちゃんもブルーな気分だろう。瑠璃だけに。
よし、私が一肌脱いでやるとすっか!
「ハルセがなんかごめんね? 今、ちょっと見えちゃった」
思い切って話しかけてみると、ルリちゃんは目を見開いた。ほら、まさか話しかけられるなんて思ってなかったっしょ!
「花塚さんと知り合いなの?」
あ、驚くのそっち?
「あー、小さい頃家が近くてさ。もうあっちは引っ越しちゃったんだけど」
とりあえずそう返しておく。ハルセと小さい頃よく遊んでたのは、本当だ。
でもなんか花塚家は家庭のいざこざで、幼稚園の年長ごろにそそくさと引越しちゃった。タブーっぽい雰囲気だったから、今だに詳細は知らない。あれから連絡取ってなかったから、まさか中学が同じになるなんて、思ってなかった。
「いつも男の子みたいな喋り方?」
やっぱそこ気になるよね。アタシも最初会った時びっくりしたもん。
「うん、昔からずっと。なんでかは知らないけど」
答えると、ルリちゃんは何か考えているような表情になった。
目がすごい大きいから、常に少し驚いているように見える。なんか急に自分の世界に入っちゃったけど、気にせず自己紹介をしておくことにした。
「それより! 挨拶忘れてた。私は今田マキっていうの。よろしくね!」
テンションは高めに。知り合い作る時って、押した方がいいんだよね。
「小波津ルリだよ」
あんまし抑揚のない声で返された。また首を傾げてる。やっぱ不思議ちゃんだ。
「ルリちゃんって呼ぶね!」
笑顔でポンポン、と肩をたたくとちょっとだけ笑ってくれた。
「私も、マキちゃんって呼ぶ」
おお! よっしゃ、打ち解けた! さすが今田さん、今日もコミュニケーションの神ですね!
なんだ、全然嫌な子じゃないじゃん。ちょっと初日は失敗しちゃっただけで。これなら普通に仲良くなれるかも。
「……花塚さん、なんか悲しそうだった」
そんなことを考えていると、ルリちゃんがポツリと呟いた。
悲しそう? いや、ハルセに限ってそれはないでしょ。て言うか、怒鳴ってたじゃん。
よくわかんないからスルーしたら、ルリちゃんは目を閉じて息をスーッと吐いた。
またなんか考えてるみたい。
〈ルリ〉
どうやら私は、嫌われてしまっているみたいだ。
転校してもう一週間くらいになるけど、誰も話しかけてくれない。
マキちゃん、という友達はできたけれどたまに放課後に話すだけ。教室ではいつも一人だ。
別にそれはそれで構わないんだけど、ある日事件が起こった。机の中に入れておいた数学のファイルが、四時間目にはなくなっていたのだ。
しかも気づいたのはあと五分で授業が始まる、なんて時。
途方に暮れてなんとなく窓の外を見ていたら、見覚えのあるピンク色が屋外プールのど真ん中に見えた。
まさか、とおもって一回ベランダみたいなところに出て見てみる。
間違いない。あれは私のファイル。なんで、あんなところに。
助けを求めて教室を見回しても、誰からも反応がない。仕方がないので、自分でプールのところまで行くことにした。
変色したプールははっきりいって気持ちわるかった。
得体の知れないものが色々と水中にあるし、緑色の藻がびっしりと壁に貼り付いている。
どうしてプールの季節が終わったらすぐに掃除しないんだろう。
そんなグロテスクな液体の真ん中あたりに、数学のファイルがポツンと寂しく浮いていた。
ファイルって、浮く素材だったんだ。辺りを見回すと、先生が落ち葉をとるのに使う網が壁に立てかけてある。
それを持って縁から身を乗り出しても、ぎりぎりファイルには届かない。
仕方がないので、靴を脱いで水中の階段みたいなところまで降りた。すねまでが汚い水につかった。
「取れた……」
意外とプリントは濡れてなかった。ラッキーだ。近くの蛇口で足を洗ってから教室に向かった。十月だから、さすがに寒い。
教室の中に戻ると、窓際の女の子たちがこっちを見ながら少し笑っていた。中にはトウカさんもいる。あの子たちがファイルをプールに投げ込んだのかな。
そう思うととんでもなく悲しくなって、目を合わせないようにしながら席に着いた。
そんな事件のことなんか知らない先生が、普通に数学の授業をして、とうとう昼ごはんの時間になった。
私はもちろん一人で食べる。マキちゃんのところに行こうか迷った時もあったけど、なんとなくやめておいた。
おにぎりを頬張って、噛みしめる。どんな日でも、やっぱりご飯は美味しい。
「ああーっ」
教室の前の方から悲鳴が聞こえた。聞き覚えがある。花塚さんだ。
いつも、ちょっと悲しそうな顔をしている女の子。この前話しかけたら、嫌がられた。
「箸落とした」
笑い声。
「何やってんのー」
そういえば、今日は割り箸を持ってきてる。なんでかって聞かれてもわからないけれど、今日はたまたまあるのだ。
これは何かの運命かもしれない、なんて思って割り箸を差し出しに行った。
「これ、使う?」
花塚さんが私に気づく。みるみるうちに、彼女の顔が曇っていった。舌打ちまで聞こえた気がする。
「いらねえよ」
「でも」
「いらねえって!」
花塚さんは私の割り箸を押しのけると、立ち上がってどこかに行ってしまった。箸を洗うつもりなのかな。
仕方がないので、自分の席に戻る。また失敗してしまった。
放課後になった。
みんなが帰ったあとなんとなく教室を歩き回っていると、私が台無しにしたイラストボードが目に留まった。
これで、私は嫌われてしまったのかもしれない。一生懸命描いていた子たちが思い浮かんで、申し訳ない気持ちになった。
ダメになったポスターを眺めていると、青い水のシミがちょっと海に似ていることに気がついた。
上から薄い絵の具を重ねてグラデーションを作って、濃い色で文字を書き直せば綺麗になるかもしれない。
大急ぎで自分の新品絵の具セットを取ってきて、作業に取りかかった。
夕焼けに照らされた教室はなんだかとっても寂しい気分になる。一生懸命修正をしていると、急にドアが開いた。
「ルリちゃん?」
マキちゃんだ。まだ学校に残ってたんだ。
「イラストボード直してるの? えらっ!」
私の絵の具セットに気づいたマキちゃんは、大声をあげた。いつもテンションが高い。一緒にいるとなんだか楽しくなる人だ。
「今日、大変そうだったね。あの、アタシもっと相談にのるから言ってね? ライン交換する?」
「もう大丈夫だよ」
結局プリント類はダメにならなかったし、本当に大丈夫なんだけど、マキちゃんは心配そうに私の顔を覗き込んできた。
「ハルセもやっぱひどいこと言ってたし。あんな子じゃないんだけどなあ」
彼女はそう続ける。大丈夫なんだけど、ともう一回言おうとしてやめた。
「あ、そうだ! アタシがハルセとちょっと話してみようか? きっと彼女、何か誤解してるんだと思うの!」
「それは悪いよ。私は大丈夫だから」
控えめにお断りしたつもりだったのに、マキちゃんはもうやる気満々みたいだった。スキップをしながら出口に向かっている。
「でも……」
「いいって! 幼馴染だし。任せておいて!」
マキちゃんは振り向いてガッツポーズをした後、ドアを開けた。それから廊下に誰もいないことを確認して、小走りで帰って行った。
私と一緒にいるところを見られたくないと思われているのは、ちょっと寂しい。
話している間にも無意識に作業を続けていたみたい。
イラストボードを確認してみると、綺麗な海をバックにしたポスターがほとんど完成していた。
〈マキ〉
どうしよう、約束しちゃった。ハルセと話さなきゃ。
とりあえず、次の日の放課後まで待つことにした。電話しても良かったんだけど、親しくもない人から急にかかってきたらびっくりするだろうし。
一日が終わって、教室にハルセが残っていないことを願いながらドアを開けた。
あ、いました。話せってことですね、はい。
ハルセとちゃんと話したのなんて、いつぶりだろう。
昔は結構仲よかったけど、中学に入ってからは数えるほどしか会話してない。
恐る恐る近づくと、ハルセはタイムラインで何かを見ていた。動画だ。それも、クラスメートがあげたやつ。
もう少し近づいて見てみると、なんだか見覚えのある人物が映っていた。
「うわ、なにこれ……」
思わずそんな声が出てしまうほど、動画はひどいものだった。
きったないプールに入って頑張ってファイルに手を伸ばしているルリちゃんの姿。
おまけに「汚い」なんていうキャプションまでついてる。
ハルセは顔をしかめてその動画を見てたけど、不意に電源をブチッと切った。真っ暗なスクリーンに美人の顔が映る。
「『いいね』しないの?」
なんとなくそう聞いたら、ハルセはドン引きしたみたいな顔でこっちを見てきた。
あれ、もしやアタシ今ちょっとやばいこと言った? いや、だって、しそうじゃん。
「お前だったらするのかよ」
「は!? いや、しないしない! アタシ別にルリちゃん嫌いじゃないもん! でもあんたは嫌ってるじゃん?」
「こんな胸糞悪いことには参加しねえよ。まったく」
ハルセはため息をつきながら、電源ボタンを押した。
ちょっと、めっちゃ呆れられたんですけど。
これじゃあアタシが悪者みたいじゃん。確かに今のは失言だったかもだけど!
「もう帰るから」
帰ろうとするハルセに『じゃあねー!』なんて言おうとして、目的を完全に忘れていることに気がついた。
そうだ、ルリちゃんのためにここに来たんだ! やばい、どうやって伝えようとしてたんだっけ?
「あ、ハルセ、ちょっと待って」
「おう」
よおし、ここまで順調順調。
「なんかさ、ちょっとアタシからのお願いなんだけど……、ルリちゃんともっと仲良くできないかな?」
「ハァ?」
ヒイッ、睨んできた! 怖いよ、ハルセさん! 不良なの? 不良なんですか!?
「えっと、なんかね、ルリちゃんって全然悪い子じゃないのよ。でもさ、この前見ちゃったんだけど、ハルセってちょっとあの子に当たり強いじゃん? あそこまで冷たくする必要はないんじゃないかなーって。しかも今嫌がらせされててかわいそうじゃん。ハルセはトウカとかと仲良いから優しくしたらそういうのも止まるかもだし!」
どうしよう。言いたいことが全然まとまらないよ。ハルセは下を向いてるから、表情が全然読めない。怒らせちゃったかも。
「つまりいじめられててかわいそうだから優しくしてやれと。そしてできればいじめを止めろと」
「ま、まあそんな感じ」
ハルセはため息をついた。すごい呆れてるように見える。さっきからなんだか上から目線でムカつくな。
「お前だって人のこと言えないだろ」
びっくりした。まさかそんな答えが返ってくるとは予想してなかったから。
アタシはルリちゃんに優しくしてるし、相談にものってあげてる。ハルセとは大違いだ。
「だって、アタシはルリちゃんと仲良くして……」
「誰も見てないところで、自分に害のないようにだろ」
何も言えず突っ立っているアタシを置いて、ハルセはさっさと教室を出ていってしまった。
「……あんたとは違うし……」
そう呟いた声は、ハルセには聞こえない。
少なくともアタシはあの子よりはマシだ。優しくしてるし。ルリちゃんの心の支えになってるし。
あの子が、あんな子が、比べないで欲しい。
〈ハルセ〉
小波津に対する嫌がらせは、毎日ちょっとずつ悪化していった。
無視はさらにひどくなった。なんだか胸糞悪かったから私は参加しなかったけど、隠されるものも増えたみたいだ。
でも小波津は全く動じずに、懸命になくなったものを探してきては普通に生活していた。その辺りは尊敬しなくもない。
それにしても小波津は、すきあらば私に話しかけようとしてくる。何回突き放しても、だ。
本当にやめてほしい。まさか友達だと思われているのだろうか。
今だって、家に帰ろうとしたのを呼び止められたところだ。どうせ、大した用でもないんだろう。
「私も、あいつらも、嫌いだろ。いいからほっとけよ」
もう、うんざりだ。ここまで冷たくしているのに、なんで嫌われている自覚がないんだよ。
今田あたりに構ってもらえばいいだろ。
小波津は俯いている。そろそろ折れたか。
「嫌いじゃないよ、花塚さんは」
少しの間があり、やっと顔を上げたと思えば返してきたのはそんな言葉だった。
「だって、あの人たちみたいに陰湿ないじわるしないから」
吐くかと思った。
「いじわる」っていう小学生みたいな言い方が、自分でも信じられないほどムカついた。本当にこいつは生理的に無理だ。
でも、それ以上言うことは思いつかなかった。
小波津はもともと大きな目をさらに見開いて私を見ている。
なんか答えろってことか? とりあえず顔をしかめておく。
数秒経った後、何かがわかったかのように頷いて、小波津は私の前から消えていった。
あいつが出て行った後、急に罪悪感のようなものがやってきた。
なんでこんなに嫌いになっちまったんだ。別に何かされたわけでもないのに。関わんなと言っているのに話しかけてくるからか? いや、そもそもなんで関わらないで欲しいんだ?
モヤモヤする。
突然携帯からピロリン、と甲高い着信音がした。
「ハルセー! 助けて! 前言ってたプレゼンのグループ、なんか1グループ3人に変わっちゃったみたいなの……どうしよう」
トウカだ。既読にしたから急いで返信をする。
「私が抜ける。また今度一緒にやろう」
送る前に、少し考えた。ここで私が引く必要はあるのか?
まあ、私に送ってきたってことは、多分そうしてほしいってことだろう。少し嫌な気持ちになったけど、このくらいは日常茶飯事だ。送信ボタンを押した。
「ありがとう!! ほんっとにごめんね!」
スタンプとともに、すぐに返信が送られてきた。
あまりにも露骨すぎやしないか。呆れてちょっと笑ってしまった。
今日は、嫌な日だ。いい日なんてのはそうないけど、今日は特に嫌な日だった。
〈マキ〉
最近は、本当にクラスの雰囲気が悪い。
以前だったら、朝はガヤガヤとあちこちからおしゃべりが聞こえてきたのに、今はグループごとに固まってひそひそ話をしている。すっごい居心地が悪い。
今日だって、アタシも友達と話す代わりに、机にひっそりと座っていた。色々な会話に聞き耳を立てていると、なんか喧嘩みたいなのが聞こえてくる。
顔を上げてみると、ハルセとルリちゃんが言い争いをしてるみたいだった。また?
「話しかけんなっつってんだろっ」
そう言いながら、近づいてきたルリちゃんの肩をハルセが押した。
多分思ってた以上に強く押しちゃったみたい。ルリちゃんのバランスは崩れ、足が椅子に引っかかり、そのまま椅子ごと後ろに倒れた。
けたたましい音が鳴り響く。教室中が一瞬で静かになった。
「あ……」
ハルセの顔には後悔が浮かんでいる。きっとここまでするつもりなんて、なかったんだろう。
「あ、小波津、ごめ……」
教室は張り詰めたまま。みんなルリちゃんが起き上がるのを、無言で見つめていた。
「ひどーい」
急に、聞き覚えのある声がどこかから響いた。ひそひそ声で話しているつもりみたいだけど、まる聞こえだ。
「やりすぎー」
「暴力振るうとか、ありえない」
トウカだ。正確に言えば、トウカと仲間たち。いつもハルセが一緒にいるグループだった。
「前から変な子だとは思ってたけど、ちょっとやばいよこれ」
「こわ……」
なんて奴ら。嫌がらせをしている自分たちのことは棚に上げて、ハルセだけを悪者にしようだなんて。しかも、ハルセはあいつらの親友なのに! 思わず顔をしかめちゃったよ、アタシ。
「う……あ、私……」
急に声がしたから振り向くと、ハルセの顔が真っ白になっていた。
唇がわなわな震えて、手も不自然に動いている。まるでパニックでも起こしているみたい。
「私は……ご、ごめ……」
声まで震えている。普段のハルセじゃないみたいだ。
「う……」
あまりにも気まずい空間。誰もどうしていいかわからない。
「……」
「……やめてよ」
声が、急に沈黙を破った。ルリちゃんだ。……って、ルリちゃん!? この状況で!?
みんな驚いているみたいだけど、ルリちゃんは話し続ける。
「花塚さんに、そんなこと言わないでよ。友達なんでしょう。しかも、やってることだったらあなたたちの方がずっとひどいよ」
……信じられなかった。まさか、ルリちゃんがそんなにはっきりと意見を言うなんて。
いや、別に意見を言わない子ってわけじゃないんだけど、こんな話し方は初めてみたよ。
トウカたちは何も答えない。苦い表情で、ひそひそ話を続けている。
何も間違ったことは言ってないはずなのに、誰もルリちゃんの味方につく人はいなかった。
それどころか、軽蔑したような視線を向けている人がほとんど。
今、ハルセとルリちゃんは不自然なほど浮いている。
除け者にされている。クラスメートのはずなのに、仲間のはずなのに、まるでこの二人だけが部外者みたいな感じ。
ルリちゃんは表情を変えない。ハルセはと言うと、涙を溜めた目でルリちゃんのことを睨みつけていた。
その時、アタシ、気付いちゃったんだ。
ハルセは、ルリちゃんに自分を重ねてる。
溶け込めない自分を。
不器用で馴染めないルリちゃんがまるで自分みたいだから嫌いになったんだ。
今までの態度も、いわゆるドーゾクケンオってやつ。
そう分かっちゃうと、なんだか心に引っかかってた疑問がすっと解けた気がした。
でも同時に、謎の罪悪感も襲ってきた。
アタシ、自分はルリちゃんの『良き理解者』みたいなポジションだと思ってた。
でも、実際今は何にもできてない。
ルリちゃんはたった一人でクラス全員に立ち向かっているのに、アタシはそれをみて脳内実況してるだけ。どうしよう。
「……っ!」
迷っていると、もうこの空気に耐えられなくなったのか、ハルセは教室から駆け出した。ばんっ、とドアを叩きつけるように閉めて。
表情は見えなかったけど、泣いてたかもしれない。
「あーあ」
なんて、バカにしたような声がどこかから聞こえた。
〈ルリ〉
「花塚さん、待って」
花塚さんを追って、私も教室から出る。あんなこと、言うべきじゃなかったのかな。ごめんね。
花塚さんはもう階段のところまで行っていた。速い。走っても、追いつかない。
「ついてくんな!」
「ごめんね、花塚さん」
「ついてくんなって!」
追いついて彼女の腕を掴むと、やっと振り向いてくれた。
花塚さんの顔は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。
「なんなんだよ! もういいだろ!」
怒るのもわかる。花塚さんが友達にあんなことを言われたのは、私のせいでもあるから。
「私、花塚さんを助けたくて……」
考える前にそんな言葉が飛び出た。
みるみるうちに花塚さんの顔が歪む。ああ、また失敗しちゃった。
「助けたくて!? これが助けたって言うのか!?」
「花塚さんなら、その、またみんなと仲良くなれるかもって思ったから、私が話せば、矛先が私に向くかもって......」
「もともと仲良くなんかない!」
彼女の声が、急に大きくなった。
「一人なんだよ。一人だった奴は、これからもずっと一人なんだよっ」
花塚さんの声は震えていて、なんだか苦しそうだった。
怒鳴られてるのに、不思議と怖さは感じない。
「見たらわかるだろ! バカにしてんのか!?」
声は、もっと大きくなっていく。
でも彼女の声が大きくなるにつれ、私の心もどんどん落ち着いていくみたいだった。不思議な感覚。
「いいよ。もう……いいっ!」
とうとう何かがはじけたみたいに、彼女が絶叫した。
切れ長の目からこぼれ落ちた涙が、ポタポタと地面を濡らしている。
どう反応していいのかわからない。綺麗な人は泣いても絵になるな、なんて思っている自分がいた。
「一人って、そんなに悪いこと?」
思わずそんな言葉が口に出た。花塚さんは、何も答えない。
「花塚さんが私のことを嫌いなのはもうわかったよ」
でも、気にせずに続ける。
「でも、いつも悲しそうだったから、なんか気になって話しかけちゃったの。ごめんなさい。もうやめる」
これで最後。彼女の望み通り、関わるのももう終わり。花塚さんの人間関係を壊しちゃってごめんなさい。
でもそのまま教室に戻ろうとすると「待って……」と弱々しい声で呼び止められた。
「本当に、今までごめん……」
びっくりした。まさか、頭を下げられるなんて。このために呼び止めたわけじゃないから、ちょっと申し訳なかった。
花塚さんはもうちょっと泣いて、顔を洗っていつもの冷たい調子に戻った。
目は腫れぼったかったけど、いつもの彼女で安心した。
帰る時、「じゃあね」って言ったら、「また明日」って返してくれた。
〈ハルセ〉
あー、恥ずかしい。まさか、こんなことになるとは。
学校でギャン泣きしたのなんて、いつぶりだろう。
いや、初めてかもしれない。まあ、起こってしまったことは仕方ない。恥ずかしいけども。
次の日学校に行くのは流石に嫌だったが、遅れて行ってさらに注目を浴びるのは嫌なので普通に登校した。
心を無にして自分の席に座っていると、クスクスと笑い声が聞こえてきた。いうまでもなく、あいつらだ。私のことを笑ってるのかと思ったが、どうも違うらしかった。
聞き耳を立てていると、小波津にまた何かやったらしい。昨日のことがあったのに、なんで懲りないんだ。
どうしようか迷ってると、小波津が教室に戻ってきた。何かの当番で、早朝からいたらしい。
机に並べてある持ち物を、しきりに探すような仕草をしている。
「ルリちゃんっ!」
急に甲高い声が聞こえた。今田だ。
教室で小波津に話しかけるところなんて、初めて見た。 しかもやけに興奮した様子で。
「ルリちゃん、こ、これ、隠されてたから、たまたま見つけたから、持ってきた! 筆箱。これ、ルリちゃんのだよね? 探してたよね!」
今田は落ち着きのない様子で一気にまくし立てると、空色の筆箱を小波津に押し付けた。
ああ、あれを隠されてたのか。
小波津は一瞬目を見開いたが、すぐに表情を緩めて筆箱を受け取った。
「ありがと、マキちゃん」
「うん! アタシはク、クラスメートとして当然のことをしたまでだから!」
今田はしきりに辺りを見回しながら返事をしている。緊張しすぎだろ。
私は立ち上がって、二人の方に歩いて行った。
ちょうど思い当たることがあった。ついでに、昨日の借りは早いうちに返してしまいたい。
「お前ら」
「うおっ! ハルセ!? どうしたの……?」
いやいや、そこまで怖がらんでも。
「今田、ちょっとシャーペンの中身確認してみろ」
「シャーペンの、中身……?」
怪訝そうな表情で、今田は小波津の筆箱からシャーペンを取り出した。
周囲が見守る中、芯を出すボタンを押す。カチッ、カチッという音がやけに大きく響いた。
「あ……」
何かに気づいたような表情で、今田はもう何本かのシャーペンを試した。
やっぱりだ。どのシャーペンからも、芯は抜かれていた。
「なにこれインシツぅー! よくわかったね、ハルセ!」
今田のオーバーリアクションが教室内に響き渡った。誰もなにも言わない。
小波津も、驚いたような表情をしていた。
「勘だな」
そう言いながらトウカらの方に目配せをすると、全員が気まずそうに目を逸らしやがった。
ちなみにあいつらとは昨日以来一回も話していない。
これからは当分ボッチだな、なんて頭の片隅で考えた。
「ほれ」
私は小波津の方に向き直ると、ポケットに入っていたシャー芯を渡した。
もちろん優しい感じじゃなく、いかにも無関心な感じで。
「……」
小波津はなにも言わない。なんとも言えない表情で私の差し出したシャー芯を見ていた。
早く受け取れよ、気まずい。
「……ありがとう」
どれくらいの時間が経っただろうか。小波津はやがて大事そうにシャー芯を受け取ると、目を細めた。今田は私の方を見ながら満面の笑みを浮かべている。マジでやめろ。
小波津がシャー芯を筆箱に落とした瞬間、教室の時間がまた動き始めた気がした。
まるで今の出来事なんてなかったかのように、あちこちで会話が始まる。
私はというと、極力誰とも目を合わせないようにしながら自分の席に着いた。
じきに先生が入ってきて、いつも通りの授業が始まる。
瑠璃色の空を眺めていると、小波津の笑顔は初めて見たかもしれないなんていうことに気がついた。
〈ルリ〉
放課後。いつの間にか、雨が降っていた。
でも、念のため持ってきていたビニール傘があるから大丈夫。
カバンが濡れないように気をつけながらさして、駅に向かった。
土砂降りの中、傘に入るのはとても落ち着く。自分だけの小さな避難所みたいだから。
目を細めて雨粒が避難所を叩く音に浸っていると、数メートル離れたところに背の高い影が見えた。見覚えがあるポニーテール。きっとマキちゃんだ。話しかけようか迷っていると、彼女の方が気づいてくれた。
「ルリちゃん! 今帰り? 一緒に行く?」
「うん」
いつも通りとってもニコニコしている。顔を見ていると朝のことを思い出して、お礼を言っておこうと思った。
「今日、筆箱見つけてくれたの、嬉しかった。みんなの前で渡してくれたのも、嬉しかった」
感謝の気持ちを込めてぺこりとお辞儀をする。
マキちゃんは驚いているみたいだった。でもだんだん、顔が赤くなって笑い始めた。
「あー。えへへ」
照れくさそうにほっぺたをかいている。
「なんというかね、うん。まーこれからは普通に教室でも話そうかなって」
「うん。ありがと」
目を見合わせて、もう少し笑った。
「あれ、ハルセじゃない?」
幸せを堪能していると、急にマキちゃんが前方を指さした。
本当だ、花塚さんだ。シャー芯のお礼を言わなくちゃ。少しスピードを上げて、彼女に追いついた。
「花塚さん」
「お!? あ、小波津か」
若干目をそらされた。まだちょっと嫌われてるみたい。
「雨降ってきたね」
「急に何を言ってんだよ。さっきからずっと降ってるだろ」
もう少し近づいてみる。
「シャー芯、ありがとう」
「あれぐらい、別に」
そのあとはしばらく、何も言わないまま歩き続けた。花塚さんも、黙って前を見続けている。
一人の人は一生一人、なんていう彼女の考えはあながち間違っていないのかもしれない。
私は一人。物心ついた時からそうだった。
誘われてみんなとで遊んでも、やっぱり『一人』だった。これからもそうなのかもしれない。
花塚さんは、私と違って友達がいる。……友達がいた。
でも私にはわかる。きっと彼女だって。
「ちょっと似てるね、私たち」
そういってみると、花塚さんの目が見開かれた。
怒って、といった感じではない。ただ純粋に驚いているように見える。
次第に少しだけ表情が柔らかくなった。
「同じにすんなよ」
「同じとは言ってないよ」
もう少し前に出て、花塚さんと歩数を合わせる。傘がぶつかって、ビニールの上の雨粒が滑り落ちていった。
「どこか寄ってく?」
「嫌だよ」
「じゃあ駅までは一緒に行こうよ」
彼女は何も答えない。でも唇が少しゆがんでいた。まるで笑いを堪えているようだ。
「ちょっと、アタシもいるんですけどー? なんか二人だけの世界に入んないでくれる?」
後ろからマキちゃんの声が聞こえる。彼女も笑っているように見えた。なんだかとっても嬉しくなって、私も少し笑顔になってしまった。
「お前までいるのかよ」
「なにその言い方! アタシの方がルリちゃんと先に帰ってたの! 仕方なく入れてあげたんだからね!」
「じゃあ抜けるわ」
「あんたはすぐそうなる!」
そんなバカみたいなやりとりが延々と続いていく。
三人で歩く帰り道は、ちょっと気まずくて、くすぐったくて、温かかった。